婦人警官

「では、さっそくですが」。婦人警官が机の上の書類をひきよせた。「和泉太郎、十六年二ヵ月、出生地はサイパン島……聖ジョセフ学院中学部一年B組、アダムス育英資金給費生……父はサイパン支庁の気象技師で、昭和十五年の死亡。母は南洋興発会社の内務勤務。戦災による認定死亡、となっております……本人のほうですが、十六年二ヵ月で、中学一年というのは、どういうわけなのでしょう。学齢にくらべて、だいぶ進級が遅れているようですが」「あの子供は、終戦の年の十月に、戦災孤児といっしょにハワイに移されて、ホノルルの有志の後援で、八年制のグレード・スクール……日本の小学校にあたる学校に六年いて、今年、二十七年の春、学院の中学部に転入してきました。学齢からいえば、三年級に入れるところですが、日本語の教程が足りないものですから」「アダムス育英資金というのは」「資金というようなものではありませんが、便宜上、そういった名称をつけているので……アダムスというのは、ハワイ生れの二世の情報将校で、サイパンで戦災孤児の世話をしていましたが、将来、神学部へ進むという条件で、五人ばかりの孤児に、ひきつづいて学費を支給しているのです。学院では三人預っております」「父は本人の四歳のときに死んでおりますから、ほとんど記憶がないのでしょう。母というのは、どういうひとですか」「東京女子大を出た才媛で、会社のデパートやクラブで働いている女子職員の監督でしたが、その後軍の嘱託になって、「水月」という将校慰安所を一人で切りまわしていました。非常な美人で……すこし美しすぎるので、女性間の評判はよくなかったようですが、島ではクィーン的な存在でした」「慰安所の生活というと、これはもう猥雑なものなのでしょうが本人はそういう環境で生長期をすごしたのですね」「いや、そうじゃないのです。いまもいいましたように、すこし美しすぎるので、なにかと気が散って、子供なんか見ていられないいそがしいひとなので、独領時代からいるカナカ人の宣教師に預けっぱなしにしてありました」

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