麻紐で首を締められて

「ご参考になるかどうか知れませんが、こういうことがありました。あれは母の手にかかって、殺されたことのある子供なんです。麻紐で首を締められて、島北《しまきた》の台地のパンの樹の下で苔色になって死んでいました……それにしても、ほどがあるので、首が瓢箪になるほど締めあげたうえに、三重に巻きつけて、神の力でも解けないように固く駒結びにして、おまけに、滑りがいいように麻紐にベトベトに石鹸が塗ってあるんですね……むやみに腹がたって、なんとかして助けようじゃないかということになって、アダムスと二人で二時間近くも人工呼吸をやって、いくらか息が通うようになってから、ジープで野戦病院へ連れて行きました……サイパンの最後の近いころ、三万からの民間人が、生きて捕まったらアメリカ人に殺されると思って、親子が手榴弾を投げあったり、手をつないで断崖から飛んだり、いろいろな方法で自決しましたが、そういうのは親子の死体が密着しているのが普通で、子供の死体だけが草むらにころがっているようなのは、ほかには一つもありませんでした」「これはどうも、辛い話ですな」。司法主任が湿った声をだした。「母親に首を締められて殺されたという思い出は、戦争というものを考慮に入れても、子供としては、たいへんな負担でしょう。そのときのショックも、相当あとまで残るでしょうし」 教諭が椅子から腰をうかしながらいった。「あれは、どこにおりますか。こんどの事件はどういうことだったのか、よく聞いてみたいと思うのですが……気のついたこともありますから」「かまいませんよ、どうぞ……いまご案内します」 どうぞ、こちらから、と婦人警官が左手の扉を指した。 太郎は保護室といっている薄暗い小部屋の板敷に坐って、巣箱の穴のような小さな窓から空を見あげながら、サイパンの最後の日のことを、うつらうつらと思いうかべていた。 薄暗い部屋のようすが、湿気が、小さく切りとられた空の色が、圧しつけられたような静けさが、熱の出そうな身体の疲れが、洞窟にいたときの感じとよく似ている。洞窟の天井に苔の花が咲き、岩肌についた鳥の糞が点々と白くなっていた。洞窟の口は西にむいてあいているので、昼すぎまでじめじめと薄暗く、夕方になると、急に陽がさしこんできて、奥のほうに隠れている男や女の顔を照らしだした。

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