他人の金で勉強する

「大当り」 と太郎は心のなかでつぶやいた。ヨハネでも、やはり言うときは言うんだな。女の子に化けたのは、たった一度だけだったのに、いったい誰から聞いたんだろう。あのときの婦警かしら。セーラー服を借りた、二年A組のヨナ子がしゃべったのかもしれない。「お前は、他人の金で勉強するのが嫌になった。それで、自分で学費を稼ぎだそうと思ったんだね。先生は、お前の自主性にたいして敬意をはらうが、花売りをすることには、賛成しない」「外《はず》れ」 と太郎はまたつぶやいた。花売りの恰好はしていたが、花なんか売っていたんじゃない。ヨハネはなにも知らないのだと思うと、うれしくなってニッコリ笑った。 母が銀座でバアをやっていることはホノルルで聞いていた。東京に着いた晩、すぐその店をつきとめた。子供が公然とバアに入って行くには、花売りか、アコーデオン弾きになるしかない。誰だってすぐ考えつくことだ。毎日曜の夜、ぼくは母の顔を見るために、花売りになって母のバアへ入って行った。八時から十時までの間に五回も入った。店があまり繁盛していないので、母は苛々していた。「しつっこいのねえ。いったい何度来る気? うちには花なんか買うひと、いないのよ」 と癇高い声で叱りつけた。その声が好きだった。いちどなどは、女給に襟がみを掴んでつまみだされた。それでもかまわずに入って行った。「お前は、毎土曜の午後、朝鮮から輸送機で着くひとを、タクシーで東京へ連れて行った。アルバイトとしては金になるのだろうが、お前の英語が、そんな下劣な仕事に使われているのかと思うと、先生は情けなくなる」 それは誤解……ぼくはアルバイトなんかしていたんじゃない。母のバアがあまりさびれているので、すこしばかり賑かにしてやったんだ。見えないところで、母の商売に加勢することで満足していたが、それはたいへんなまちがいだった。

— posted by id at 04:26 pm  

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